トピックス
- 牟婁病 徒然草 Vol.1
ALS/PDCとソテツ (1)
筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合(ALS/PDC) は、世界中でグアム島、紀伊半島、そしてパプア (パプアニューギニアではなく、インドネシア国パプア州。ニューギニア島の西半分。) にのみ存在する神経難病である。患者は、家族歴を有することが多く (患者の70-80%に同じ病気の血縁者がいる) 同じ家系内にALSやPDC (パーキンソン症状と認知症を併発する)が共存する。紀伊半島では、和歌山県と三重県の南部沿岸地域に多発地があるが、この地域は歴史的に“牟婁”と呼ばれてきたので地元ではALS/PDCは、“牟婁病”と呼ばれてきた。グアム島は、1521年にマゼランが世界一周をした際に西洋人に初めて“発見”され、1565年にスペイン領となった。ALS/PDCがいつからグアム島に存在したのか、という興味深い問題については、スペイン領となった300年余り後の1870年代にde la Corteという人物によってALS/PDCと思われる疾患の初めての記載がある。ALS/PDCがこのころに急に現れたのか、スペイン人がそれまでこの疾患に気づかなかったのか、その点についてはよくわからない。1898年のスペイン-アメリカ戦争の結果、グアム島はアメリカ領となる。太平洋戦争期の日本領時代を経て、戦後、アメリカの準州となった。ALS/PDCは、1950年代にアメリカの疫学研究者たちによって再発見された。グアム島のALS/PDCは、土着のチャモロ人に特有の疾患とされており、発病の原因は、チャモロ人の生活習慣や食習慣に起因するのではないかと考えられた。米国NIHの文化人類学者であるM. Whiting 女史(https://manoa.hawaii.edu/library/research/collections/archives/manuscript-collections/other-manuscript-collections/marjorie-grant-whiting-papers/) は、1962年にグアム島のALS/PDC多発地区であったUmatac (マゼランがグアムにやって来た時の寄港地) の民家で半年間生活し、チャモロ人がソテツの実から作ったトルティーヤを常食していることを発見した。このことから、ALS/PDCのソテツ説が唱えられた。M. Whiting 女史は同じ年に2ヵ月間和歌山県の牟婁病多発地で生活しているが、地域の人々にソテツの摂取はなかったと報告している。我々は、紀伊半島でのソテツ原因説を否定している。その根拠は、①牟婁地方でソテツは食さない、②ソテツを常食する奄美大島にはALS/PDCが存在しない、③26年間グアム島に潜伏しソテツを常食していた旧日本兵の横井庄一さんは、晩年パーキンソン症状を患ったが、解剖の結果ALS/PDCではなくパーキンソン病だった、④牟婁病の患者脳を用いた質量分析の結果、ソテツによる神経毒とされるBMAAは検出されなかった。(2)しかし、神経病理学的に酷似する(むしろ同一と言ってもいい)疾患の一方であるグアム島でソテツが原因で起こったとしたら、もう一方の紀伊でソテツそのものではなくてもソテツに類似した物質が発症原因になっている可能性はあるのだろうか?
1)MJ Whiting. Food practice in ALS foci IN Japan, the Marianas, and New Guinea. Third conference of toxicity of cycads. Federation Proceeding. 1964;23:1343-1345.
2) Y.Kokubo, S.Morimoto, M.Yoshida. Questioning the cycad theory of Kii ALS-PDC causation. Nature Reviews Neurology 2024 https://doi.org/10.1038/s41582-024-00936-0
- 小久保康昌招聘教授が「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」ワークショップで発表(2024.7.19)
小久保康昌招聘教授が下記の通り、「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」ワークショップで発表します。
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業
「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」
令和6年(2024年)度 ワークショップ
2024年7月19日(金) JA共済ビル カンファレンスホール
演題名:ALS/PDC -研究の歴史と最近の話題-
三重大学 地域イノベーション学研究科招聘教授 小久保康昌
- 関係論文が国際雑誌に掲載(2024.5.15)
Leventouxおよび森本らによる「iPS細胞由来アストロサイトを用いて、CHCHD2遺伝子の減少に伴うミトコンドリア機能不全がKii ALS/PDCの病態であることを解明」に関する原著論文が国際雑誌「Acta Neuropathologica(Impact Factor: 16.2)」に掲載されました。
Title: Aberrant CHCHD2-associated mitochondriopathy in Kii ALS/PDC astrocytes.
三重大学のプレスリリース記事
https://www.mie-u.ac.jp/news/topics/2024/05/post-3193.html
- 伊勢新聞に研究成果に関する記事が掲載(2024.3.23)
伊勢新聞に、「KiiならびにGuam ALS/PDC患者脳由来タウフィラメントのCTE(慢性外傷性脳症)パターン構造形成」に関する原著論文についての記事が掲載されました。
記事タイトル: 難病の発症原因はウイルス感染か 予防法確立に期待、三重大など発見
内容:三重大学の小久保康昌招聘教授らの研究グループは、世界で紀伊半島南部のごく一部地域などでみられる難病の神経変性疾患ALS/PDCが、ウイルス感染で発症する別の神経変性疾患と同種であることを発見した。ALS/PDCの原因特定や予防法確立につながる可能性が期待される。
小久保招聘教授によると、ALS/PDCは全身の筋肉が衰えるALS(筋萎縮性側索硬化症)や、体の震えなどを伴うパーキンソン病、認知症の症状が併発する難病で、国内では紀伊半島南部のみに存在している。
ALS/PDCは、脳や脊髄にタウタンパクと呼ばれるタンパク質が蓄積することで引き起こされるが、タウタンパクが蓄積される原因は分かっておらず、根本的な治療法は確立されていない。
研究グループはタンパク質の構造を保ったまま観察可能な「クライオ電子顕微鏡」でALS/PDCの原因となるタウタンパクを観察。頭部への外傷や麻疹ウイルスの感染で蓄積される別のタウタンパクと同じ構造を持つことを突き止めた。
東京都医学総合研究所やイギリスの研究機関などとの共同研究の成果で、科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に昨年12月に掲載された。
小久保招聘教授は「ALS/PDCがウイルス感染で引き起こされる可能性が示唆された発見。将来的にはワクチンなどの予防法に結びつく可能性がある」と話した。
出典URL:https://www.isenp.co.jp/2024/03/23/107788/(伊勢新聞HP)
- 関係論文が国際雑誌に掲載(2023.12.19)
Qiらによる「KiiならびにGuam ALS/PDC患者脳由来タウフィラメントのCTE(慢性外傷性脳症)パターン構造形成」に関する原著論文が国際雑誌「Proc Natl Acad Sci U S A(Impact Factor: 12.0)」に掲載されました。
Title: Tau filaments from amyotrophic lateral sclerosis/parkinsonism-dementia complex adopt the CTE fold
- 関係論文が国際雑誌に掲載(2023.10.24)
小林らによる「Kii ALS/PDC患者iPS細胞由来アストロサイトから放出される細胞外小胞のタンパク質プロファイリング」に関する原著論文が国際雑誌「Neurological Sciences(Impact Factor: 3.2)」に掲載されました。
Title: Protein profiling of extracellular vesicles from iPSC-derived astrocytes of patients with ALS/PDC in Kii peninsula
- 第43回定例記者懇談会(認知症疾患の脳内に病的蛋白質が蓄積する要因を解明)
三重大学では、本学の教育・研究・医療、それらを通じた社会貢献における取組や成果、大学の近況を積極的に情報発信するために、定例記者懇談会を定期的に行っています。第43回定例記者懇談会において、Kii ALS/PDCの脳内に病的蛋白質が蓄積する要因を解明した論文報告について、プレスリリースを行いました。
- 故・葛原茂樹先生への追悼文が国内雑誌に掲載(2022.11.22)
小久保による故・葛原茂樹先生への追悼文「葛原茂樹先生から教わったこと」が、国内雑誌「神経治療学」に掲載されました。
リンク:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/39/3/39_111/_pdf/-char/ja
- 関係論文が国際雑誌に掲載(2022.9.21)
佐々木らによる「Kii ALS/PDCにおけるAPOE遺伝子型とタウ病理の関係」に関する原著論文が国際雑誌「Neurology(Impact Factor: 9.91)」に掲載されました。
Title: APOE Alleles With Tau and Aβ Pathology In Patients With Amyotrophic Lateral Sclerosis and Parkinsonism-Dementia Complex in the Kii Peninsula
- 関係論文が国内雑誌に掲載(2021.12.4)
葛原による「Kii ALSを初期に報告した重要な古文献」に関する総説(英訳)が国内雑誌「臨床神経学」に掲載されました。
Title: "Endemic paraplegia of Koza in Kii" in Honcho Koji Innen Shu published in 1689 is probably the earliest description of amyotrophic lateral sclerosis of Kii Peninsula: Presentation of the original and investigation of factuality