活動概要
紀伊半島の神経風土病-筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン・認知症複合(Kii ALS/PDC)
紀伊半島南部の牟婁(むろ)地方には、進行性の筋萎縮症、パーキンソン病に似た動作緩慢と筋強直、意欲低下が目立つ認知症の3症状出現を特徴とする神経風土病があり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)・パーキンソンン認知症複合 (PDC)と呼ばれる。多発地名にちなんで牟婁病と呼ばれることもある。脳には、神経細胞とグリア細胞の中に、細胞骨格形成に関与するタウ蛋白のリン酸化産物が、異常蛋白として大量に蓄積する。グアム南部地域のチャモロ人にも類似疾患が多発する。近年、ALSの激減と並行してPDCの増加が確認され、生活習慣の変化と高齢化が病気の姿を変化させた可能性が考えられている。病気を起こす原因として、遺伝素因に何らかの環境要因が働いて多発や減少を引き起こした可能性があり、多面的に原因研究が進められている。
三重大学名誉教授 葛原茂樹
トピックス
過去のトピックス一覧- 牟婁病 徒然草 Vol.1
ALS/PDCとソテツ (1)
筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合(ALS/PDC) は、世界中でグアム島、紀伊半島、そしてパプア (パプアニューギニアではなく、インドネシア国パプア州。ニューギニア島の西半分。) にのみ存在する神経難病である。患者は、家族歴を有することが多く (患者の70-80%に同じ病気の血縁者がいる) 同じ家系内にALSやPDC (パーキンソン症状と認知症を併発する)が共存する。紀伊半島では、和歌山県と三重県の南部沿岸地域に多発地があるが、この地域は歴史的に“牟婁”と呼ばれてきたので地元ではALS/PDCは、“牟婁病”と呼ばれてきた。グアム島は、1521年にマゼランが世界一周をした際に西洋人に初めて“発見”され、1565年にスペイン領となった。ALS/PDCがいつからグアム島に存在したのか、という興味深い問題については、スペイン領となった300年余り後の1870年代にde la Corteという人物によってALS/PDCと思われる疾患の初めての記載がある。ALS/PDCがこのころに急に現れたのか、スペイン人がそれまでこの疾患に気づかなかったのか、その点についてはよくわからない。1898年のスペイン-アメリカ戦争の結果、グアム島はアメリカ領となる。太平洋戦争期の日本領時代を経て、戦後、アメリカの準州となった。ALS/PDCは、1950年代にアメリカの疫学研究者たちによって再発見された。グアム島のALS/PDCは、土着のチャモロ人に特有の疾患とされており、発病の原因は、チャモロ人の生活習慣や食習慣に起因するのではないかと考えられた。米国NIHの文化人類学者であるM. Whiting 女史(https://manoa.hawaii.edu/library/research/collections/archives/manuscript-collections/other-manuscript-collections/marjorie-grant-whiting-papers/) は、1962年にグアム島のALS/PDC多発地区であったUmatac (マゼランがグアムにやって来た時の寄港地) の民家で半年間生活し、チャモロ人がソテツの実から作ったトルティーヤを常食していることを発見した。このことから、ALS/PDCのソテツ説が唱えられた。M. Whiting 女史は同じ年に2ヵ月間和歌山県の牟婁病多発地で生活しているが、地域の人々にソテツの摂取はなかったと報告している。我々は、紀伊半島でのソテツ原因説を否定している。その根拠は、①牟婁地方でソテツは食さない、②ソテツを常食する奄美大島にはALS/PDCが存在しない、③26年間グアム島に潜伏しソテツを常食していた旧日本兵の横井庄一さんは、晩年パーキンソン症状を患ったが、解剖の結果ALS/PDCではなくパーキンソン病だった、④牟婁病の患者脳を用いた質量分析の結果、ソテツによる神経毒とされるBMAAは検出されなかった。(2)しかし、神経病理学的に酷似する(むしろ同一と言ってもいい)疾患の一方であるグアム島でソテツが原因で起こったとしたら、もう一方の紀伊でソテツそのものではなくてもソテツに類似した物質が発症原因になっている可能性はあるのだろうか?
1)MJ Whiting. Food practice in ALS foci IN Japan, the Marianas, and New Guinea. Third conference of toxicity of cycads. Federation Proceeding. 1964;23:1343-1345.
2) Y.Kokubo, S.Morimoto, M.Yoshida. Questioning the cycad theory of Kii ALS-PDC causation. Nature Reviews Neurology 2024 https://doi.org/10.1038/s41582-024-00936-0
- 小久保康昌招聘教授が「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」ワークショップで発表(2024.7.19)
小久保康昌招聘教授が下記の通り、「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」ワークショップで発表します。
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業
「神経変性疾患領域における難病の研究 水準の向上や患者のQOL向上に資する研究」
令和6年(2024年)度 ワークショップ
2024年7月19日(金) JA共済ビル カンファレンスホール
演題名:ALS/PDC -研究の歴史と最近の話題-
三重大学 地域イノベーション学研究科招聘教授 小久保康昌
- 関係論文が国際雑誌に掲載(2024.5.15)
Leventouxおよび森本らによる「iPS細胞由来アストロサイトを用いて、CHCHD2遺伝子の減少に伴うミトコンドリア機能不全がKii ALS/PDCの病態であることを解明」に関する原著論文が国際雑誌「Acta Neuropathologica(Impact Factor: 16.2)」に掲載されました。
Title: Aberrant CHCHD2-associated mitochondriopathy in Kii ALS/PDC astrocytes.
三重大学のプレスリリース記事
https://www.mie-u.ac.jp/news/topics/2024/05/post-3193.html
お知らせ
過去のお知らせ一覧- Kii ALS/PDC 診療マニュアル
「紀伊半島南部に多発するALSとALS-parkinsonism-dementia complex に関する診療マニュアル」日本神経学会に承認され、掲載されました。
Kii ALS/PDC患者様の診療にお役立てください。
【日本神経学会承認ガイドラインウェブページ】
- 過去病理標本の研究使用について (2015年4月4日)
ご遺族の皆様へ
私たちの研究グループは、三重県内に多発する神経難病である「紀伊半島の筋萎縮症、パーキンソン症候群、認知症」について、長年診療及び研究を行っております。これまでに、多くの患者様及びご遺族のご意思により、本疾患の原因や発病メカニズムを明らかにし、新しい治療法を見つけるために病理解剖を行なわせて頂き、本疾患に関する数多くの新しい発見があり、それをもとに新しい治療法を見いだすことに尽力して参りました。しかしながら、未だ本疾患の根本的な原因は判明しておりません。
今回、研究をさらに発展させて病気の原因を明らかにするために、これまで三重県内の病院や施設において2000年ころまでに病理解剖にご協力頂きました神経難病の患者様の病理標本について、新しい方法で再検討させて頂きたいと考えております。対象となられる患者様の病理検体は、病気の解明に不可欠であると考えております。
しかしながら、亡くなられてからすでに数十年が経過しており、改めてご遺族から本研究に対するご同意を得ることが極めて困難な状況にあります。そこで、三重大学医学部倫理委員会に申請し、ご遺族の同意に代えて当該研究ホームページ上に標本の研究利用を一定期間公知することで研究同意に代えさせて頂くということで承認されました。
ご遺族の皆様におかれましては、本疾患の原因を明らかにし、治療法や予防法を確立するために、ご理解とご協力を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。ご質問などございましたら、ホームページ記載のご連絡先に宜しくお願い申し上げます。- Kii ALS/PDCの「診断基準」および「重症度分類」の策定
スケジュール
過去のスケジュール一覧- 臨床神経病理検討会(Web CPC)
2020年6月27日(土)
臨床神経病理検討会(Web CPC)を予定しています。
- 環境医学研究所 市民公開講座 2017 「神経難病の克服に向けて」
日時: 2017年10月21日(土) 13:00〜16:30
場所: 名古屋大学 東山キャンパス 野依記念学術交流館
講師: 山中宏二(環境医学研究所 教授)、岡野栄之(慶応義塾大学 教授)、小久保康昌(三重大学大学院 招聘教授)、饗場郁子(国立病院機構東名古屋病院 神経内科 リハビリテーション部長)
URL: 案内パンフレット- 第27回臨床神経病理検討会
2017年2月12日(日)
第27回臨床神経病理検討会を予定しています。